お別れでした。

good-bye

瀬戸内寂聴さんが逝去された。99歳。そのちょっと前に実家で一緒に暮らしていた叔母が亡くなった。94歳。大往生です。大往生だが、やはり寂しい。叔母は本をよく読む人で本棚に本がたくさんあり、その中に瀬戸内寂聴さん、出家前だから瀬戸内晴美さんの本があった。「ひとりでも生きられる」という本。

叔母は離婚して出戻りで独身。この本は叔母のバイブル?と、高校生の私はドキドキして叔母ちゃんの本をチラ読みしたものです。その叔母も寂聴さんみたいにちょっと悟りを開いてる人。何でも相談したし、たくさんケンカもしたし怒られもした。親より厳しかった。まだ亡くなって間もないので、その辺でフワフワしてるのかなぁー。

困ったことがあったらまずは叔母に相談する。いつも、ズバズバと適格な回答。健康の事、お金のこと、仕事の事、人生相談は大得意。ただ私が離婚すると騒いでた時は、子供の事を考えて我慢しなさい。と、言われた。そして、その次に言われた言葉は忘れられない。「女が1人で生きていくことは大変なこと。あんたには子供もいるんだから我慢だ。日本という国はね、男の社会なの!我慢して大人しくしなさい。」と。瀬戸内寂聴さんみたいに、叔母の人生もいばらの道だった。でも私も口答え。「そういう叔母ちゃんだって、離婚したじゃん。そういう見本が目の前にいるんだから私は言うことを聞かん!」と。私。「そうじゃね。私も人の言うことを聞けんかったけえ。」と二人で大笑い。

ここ数年は施設に入っていた。去年の1月コロナがまだ拡大する前に会ったのが最後になった。その時もベッドの横に一緒に並んで座って、仕事の話をし、子供の話をし、私や夫の両親を気遣い、こういう施設もいいもんだよ。ただお酒が飲みたいなぁー。って。朝からプシューってやりたいんよー。お天道さん見ながらお爺ちゃんにおはよう。って言いながら叔母ちゃんは一杯やりたいんよ。って。本当にビールが好きだったから、、、。今ごろ天国で乾杯してるのかなぁー。

若い頃看護婦をして結核に感染してしまい、30歳までは生きられないだろう。と、言われてた叔母。94歳まで立派に生きました。叔母ちゃんのアルバムにいっぱいロマンチックな書き込みもチラっと見たけど、若い頃はモテモテだったらしいけど、初めて見るような素敵な写真もあったりして、本当だったんだね。

ただ遺影の写真が気に入らない。叔母もきっとそう思ってる。顔から下は葬儀屋さんのやり方で(今はみんなそうなのか?)合成写真で下は見たこともないような地味な着物を着てた。

叔母ちゃんはキャリアウーマンだからシャツをパリっと着ているイメージしかないから、父のセレクト間違ってた。どう見ても「菅井きん」だったね。「婿どの。」ってい言いそう。アハハ。

さすがに遺影はアップ出来ないので、、、故郷を思って作ったオリジナル曲「ひかりのうた」のジャケをアップします。叔母の部屋を掃除しに行ったら、このアルバムが飾ってあった。叔母ちゃんは、光が大好きじゃけーね。と、言ってた。聴いてくれてたのかなぁー?

ひかりのうたラブレターズ

Share:
copyright© Kamekichi Record /Kamekichi-Ongakudou, All rights reserved